これが易占の一例です。
 (「占い師としての占い観」に掲載されてある易占の一例と同文)

 語り部のような文言


来週取引先に新プロジェクトを提案しに行く日が迫っていたある部長がいた。

万事を尽くしてきているはずなのに不安でならない。そのことが心配で最近は夜もなかなか寝られずに胃の調子が悪くなっていた。

営業まわりの帰り道、いつもと違う道を曲がって歩いていると占いと書かれた円い赤い看板が目に飛び込んできた。

占いか。。。
ごちゃごちゃ思い巡らしているのも腹立たしい!
このプロジェクトが成功するかどうか、思いきって聞いてみるか!
先を知らされるのかという怖さはあったが、まるで磁石で引き付けられるかのように店に入ってしまった。


占いというもは一度もやったことが無かった。
イメージがなんとなく胡散臭いという理由もあるが、基本的には、自分で切り開くものだと思っているし、根拠がない占いのようなものを否定する派である。

その俺が今こうして玉姫という占い師の前に座っていることが自分でも不思議でならなかった。
まあ物は試し、聞いてみるとするか。

そんな心境でいた。


半年前からプロジェクトをまかされてというもの、不安な思いを周りの者に語るわけにも行かず、心に不安な思いを1人で抱えていたせいか、見ず知らずの玉姫にせきをきったように心の内を語ってしまったことに自分でも驚いてしまった。「何としてでもこのプロジェクトを成功させたいのです。その為にはどこを見直したらいいのでしょう?!」そう言った後、彼は心臓の鼓動が早くなっている自分に気が付いたのだった。


易による占断結果は、もっと自分を飾ることが必要である。そういうものであった。

「失礼を承知で申し上げますが、最近鏡を見ましたか?プロジェクトを成功させるそのキーは、自分を飾ることです。取引先に出向く日は自信に満ちた姿で行かなければ、あなたがこの6ヶ月精根尽きるまで作り上げた素晴らしいプロジェクトの価値が薄れてしまうと出ています。万事を尽くした貴方が今見直すべきところは、身なりを整え心にゆとりをとり戻すことが最も必要なことなのではないでしょうか。

彼は忙しいあまり、ここ半年間床屋にも行かず、ワイシャツもクリーニングに出すことなくしわが寄り、靴は汚れ、爪の先は黒い汚れが入り込み伸びきっていた。

その鑑定の後、帰宅途中に床屋で散髪し、毎日通っていたが入った事のなかった近所の銭湯に寄ってから家に帰った。その夜は不思議とぐっすりと眠ることが出来た。朝になり久々にびしっとしたスーツを身をまとい出かけてみると、昨日までは感じることのなかった朝陽を背中に感じ、不思議と尽くすだけのことは尽くしてきたんだ。これで取引先が断ってくるようならば、縁がなかったまで。いつか取り引きしなかったことを後悔する時がくるさ。そんな思いが沸き起こり出し自信が心に満ちてきたのである。


これが本来の「占い」というものなんだよ。


その結果この部長はこのプロジェクトを成功できたが、しかし例えその取引先に受け入れられなかったとしても、この部長は自信を失うことなく、更なるやる気に満ち、そのプロジェクトの素晴らしさをしっかりと理解できる取引先を見つけることに違いないのである。

万事尽くしてきている者には、見かけを飾ることが必要であるという判断になる。しかし、万事を尽くしてきてなかったものには、プロジェクトの内容をしっかりと充実させるという純粋な思いで心を飾る必要があるという判断になり、それはもう一度プロジェクトを見直す必要がある。というように判断が変わることになるのである。




おまえさんの置かれている状況 + 占い師の知識・智恵・推理力・判断力が伴って初めて役立つ情報が出来上がるということが分かってもらえたかな?




まだまだ活用方法はありますが、この辺で。